3人の篠原光との出会い(2002.11.27)

 

篠原光(しのはらひかり)と会ったのは、六本木にしては、まだ浅い時間だった。

 2002年11月1日、金曜日、23時。六本木交差点近くの雑居ビルの5Fにあるキャバクラ。友人とぼくの間に座った赤いセーターを着た胸の大きな子と話をしていると、もう1人の女の子がぼくら3人の前に腰掛けた。今度の子は、もっと胸が大きかった。いや、胸だけではなかった。体全体がスポーツ選手のように発達していた。ちょっと日焼けした顔は、とてもかわいいうえに理知的だった。隣の赤いセーターとの会話のなかで、実家は麻布にあるのに、1人で六本木に住んでいることがわかった。そして、ぼくらが、おおはずしをした彼女の年齢は28歳。この業界では、ちょっと年がいっているが、悪くはない。気持ちからも体格からも、おおらかなお嬢さまという印象を受けた。

 それが「キャバクラ嬢・篠原光」との出会いだった。

聞くと、「今日は、昼間1時間泳いできました」と言う。「私、泳ぐのも、走るのも1時間て、決めてるんです。プールを歩いているおばさんたちの脇を泳ぐんです。」「昨日、あのボブ・サップと一緒に飲んじゃいました。」「実は、私、格闘技やってるんです。プロなんです。スマックガール(注)って知ってますか。」「肩を怪我してたので、しばらく試合に出てないんですけど。次は12月のしょっぱなにやります。場所は、ディファ(有明)かどこかで。」「そのうちに、ジョニー・ローラとやれるかもしれません。」「ダイナマイトの、吉田さんとホイス。ホイスはまだ落ちてなかったですよね。」「今度のプライドでは、吉田さん、どうかな。相手、ドン・フライですよね。」
 キャバクラで働く格闘家との会話。普通の格闘技ファンの女の子との会話のようでもあった。しかし、その会話の途中途中で、彼女のまなざしが宙をさまよったのは、自分が戦っている姿をついつい想像していたからかもしれない。
 これが「女子プロ格闘家スマックガール・篠原光」とのはじめての会話だった。

 「私、白百合だったんですけど、小学校6年のときに、家出したんですよね。(白百合の)友達と連れ添って、二人で渋谷を渡り歩いてたんです。」「お金はどうしたの」という下世話な、そして素朴な質問に対して、「貯金が300万ぐらいあったんで、それで」と、こともなげに言った。小学校6年生で、貯金が300万円。普通ではない家庭が見えた。しかし、白百合ならば、ありなのか。「お正月にもらうお年玉が、1人10万円づつでしたから。」その、あまりに普通な物言いは、やはり彼女の家庭が普通でないことを表していた。そして、彼女は、さらりと言った。「私のお父さんは、力道山を刺した男なんです。」そのフレーズを言うことに慣れっこになっているようだった。ぼくらの驚きもそれほど大きなものではなかった。それまでの話の流れから、彼女の家が「かたぎ」でないことは、うすうすわかっていたからだ。力道山の登場にちょっと意表をつかれただけだった。

しかし、実を言うと、ぼくには別の小さな驚きがあった。
 力道山を刺した男の娘と、力道山の娘が、ぼくの頭のなかで交錯したのだ。
 15年も前の話だが、彼女の父親に刺された力道山の娘は、ぼくと同じ会社に勤めていた。そして、ぼくの同期の男と結婚して退社した。その力道山の娘とは、ずいぶん会っていない。しかし、篠原光の、その一言を聞いたとき、力道山の娘を思い出し、そして、二人の中の力道山という人間を想像していた。今や力道山の世界とはまったく関係のない普通の家庭の2児の母親と、親とは関係ないと言いながらも、親の過去を自分のキャッチフレーズにする女格闘家。40年も前の出来事が、こんなかたちで今につながっていることに不思議な思いがした。
 しばらくすると、彼女はボーイに呼ばれ、いったん店の奥に引っ込み、ぼくらの隣の若い男たちがいるテーブルについた。
 「力道山を刺した男の娘・篠原光」との時間は、ここで終わった。

12月の彼女の試合を見たいと思った。リングの上の篠原光を見たいと思った。新たな驚きに出会える予感がした。
 
 次に、会うのは、「勝者・篠原光」か、「敗者・篠原光」か、それとも…。

                                          (つづく)


注) SMACK GIRL(スマックガール) : プロレス、空手、シューティングなど、さまざまなジャンルの格闘技を習得したトップモデルやレースクイーン、会社受付嬢などの女性たちが、「日本一美しく強い女子格闘家」の名を賭けて闘う、女子総合格闘技イベント。

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